視力1.2で眼が悪い

高校のころまでは視力が2.0以上あり、測定のたびに野蛮人だ田舎者だと呼ばれていた。ファミコンに熱中しても、薄くらい中で本を読んでも、落ちなかった視力は、年齢とともに少しずつ落ちていって、今では0.8で近眼気味ですねといわれてはその気になって眼鏡を作ってみたり、免許更新の際には1.5の数字を叩き出して、眼鏡をはずした写真にしてください、と試験場のおじさんに言われたりする。真ん中をとって1.2ある、と思うことにしている。


しかし、眼が悪い。


ガードレールの下に、白いうさぎの足が落ちていた。幸運のおまもりだというわりには、どこから切り落としたのか考えたくもないような、中途半端な護符。あれの、大きいのが落ちていた。長さはおおよそ20センチくらいか。元は白い毛並みが薄汚れている。かすかに小さな爪が見えた。

住宅街の道路には様々なものが落ちている。靴下、誰かのジャンバー、アニメ雑誌がきれいなまま、ひっくり返ったやきそば。しかしこれは珍しい部類だろう。歩を進めてもう少し近づいた時、それが、
化けた。

饅頭、だと思った。大きな中華風の肉まんの食べさし。コンビニで売っているようなチープなやつではなく、中華街で600円くらいするような立派なやつ。あれを、1/4ほどかじって捨てたような。
もう、うさぎの足の気配の微塵もない。


うさぎの足、あるいは食べさしの饅頭。そのどちらとも見えるようなものが、おいそれと道路に落ちているわけはない。
多分、全然違う、普通の、タオルかなんかなのだろう、とは思う。


でも、私は確かめない。
もし、うさぎの足だったら? 
もし、食べさしの饅頭だったら? 
もし、どちらでもなかったら? 
もし、想像もつかないものだったら?
化けた、と感じた時のすっと落ちるような、身の凍てつきがじわじわと脳みそを蝕んでいく。
だから確かめずに、何事もなかったかのように、七拍子で家へ逃げ帰った。



かように私は眼が悪い。
何の変哲もないものを見ては、とんでもないものを見てしまったかのように感じてしまう。
いくら視力が良かろうとも、進んで錯覚を起こすようではなんの役にも立たないではないか。






眼が悪いはずだ。