文学フリマに出ます
新年明けましておめでとうございます!
さて、新年から五ヶ月ばかりたちましたが、
5/23 文学フリマにでます。
F-18 やまいぬワークス http://www.yamainu.net/
新刊その1 「珍古今和歌集 下品短歌2009」
2009年にtwitterのごく一部で流行った「下品短歌」より、選りすぐりの短歌を一冊にまとめました。
選者には、その筋では定評のある皆様をお迎えし、「好きな人はとっても好き」「嫌いな人はすっごく嫌い」な、ダメな一冊になりました。
A6サイズ、コピー本、72p、300円(予定)
新刊その2 「中野さんと僕」
昨年、ここに掲載した、「中野さんと僕」を加筆・修正の上、本にしました。
A6サイズ、コピー本、60p?80pくらい(まだ原稿書いてるから)、300円(予定)
尚、文学フリマのサークル紹介のほうで告知していた、委託予定のGAWさんの本は落ちた模様です。
ご縁がありましたら、ぜひ、お越しくださいませ。
「20分耐久文章書き」に私も参加してみたよ!
「中野さんと僕」をお届けの途中ですが、いきなり20分耐久文章書きに参戦です。
20分耐久文章書きってのは、20分間野放図にテキストを打ち倒すというそれどうなんだ的なお遊びですが、感覚をテキストに変えることに執着の強い人間にとっては、これまた楽しい遊びなのです。
爪を短く切って、チェコ製だというガラスのヤスリで丹念に丸くして。爪と髪は、短いほうが好きです。長いそれらを知覚すると、あ、今おれ、爪長いな、と感じると、妙に自分の肉体に対して嫌悪を感じます。おそらく肉体が存在するという感覚を強く持たされることがイヤなのでしょう。長い爪、長い髪、ゆるく出た腹。朝起きたとき、口腔にもやり、と広がる臭みのような、自分消えろ!と念じたくなるような嫌悪感。
みんな、大気にとけ込むような身体だったらいいのにな、とよく願います。先日まで北海道にいて、昨日はいつもの東京で働いていたわけですが、東京の郊外のこの街でさえ、人は実に多い。人間が多い。みな粛粛とバスに並び、電車に並び、昼食に並び。電車のシートに7人が腰掛けられぬように座るものは愚かものであり、罪人です。そういう、目に見えぬ空気にまだ、私は慣れることができません。普段昼食を採る町中に出かけていって、あまりの人の多さに辟易として、食欲を失って帰ってきました。人魚姫、は最後、泡になって精霊になっていずこへかの空へ旅立って行きますが、あれほどのハッピーエンドを私は知らない。想いを貫いて、最後は肉体を失って、大気へとけていく。もう、彼女は鱗がかゆいとか、得た足の痛みとか、王子への矛盾する深い気持ちに悩まされることはない。
三次元の人間も、二次元のキャラクタに愛を注げば、大気にとけ込めないでしょうか。
声を捨て、海を捨てるほどの気持ちがあれば大気にとけ込めないでしょうか。
人魚姫が失ったものと同じくらいのもの、ってなんだろうと考えてみたところ、言葉、かな、という気がしました。
言葉と引き替えにそのキャラクタの住む世界に飛び込んで、ただ、愛しい、愛しい、愛しい、と、衝動的に願い、でも、もはや言葉を失っているがために、それが何であるかも自分ではわからず、想いをそのキャラクタに伝えることもかなわず、そのキャラクタの住まう世界の大気に消えていく。
うん、理想的な去り方です。
そんな風に、誰の記憶にもとどまらず、ただ、最後はあぶくとなることがわかっていれば。
でも、今は、皮膚をこすればもろもろと垢が出ます。胃を押さえれば痛みがあります。現実がひたひたと水位を増して満ちて、溺れているのが私たちです。
ただ、大気のようになりたいと願いながら、私たちは、重い肉体を引きずって、歩いていく定めなのでしょうか。
ここで止めてもよかったのですが、まだ5分あるので、もう少し書きます。
東京の空は、ないです。
空というのは、遠く果てにはぽっかりと空いている、空間があるからこそ空なのであって、東京の空は開いていない。空間じゃない。たぶん、地上60メートルもいけば、そこにあるのは、蓋、です。
それが証拠に、悲しいほどに、白い紗がかかっている。紗をご存じない方はトレーシングペーパーでもよろしい。ひょっとしたら私たちは、本当は大気に交わって消えていけるのに、蓋で空と私たちが隔絶されているから、どこにもいけず、ただ地をはい回っているのかもしれないですね。
以前、朱鞠内という土地に旅行した時、身体の中に風が吹き抜けていくような、自分の肉体が澄んでいくような、不思議な錯覚を感じました。たぶん、世界中のあちこちに、その人のための蓋の外れた場所があるのでしょう。
その人だけの特別な大気の場所。
でも、今は、覆われて生きていきます。
中野さんとお別れ
時折僕は思う。飛行機というものが、もっと、遅ければいいのにと。ライト兄弟のころのように、ゆっくり、ゆったりと飛んでくれれば。中野さんは午後の日差しを受けた、きらきら光る雲海に目を細めている。
「きれいですね」「そうだね」
それ以上の会話が、僕らの間で続かない。やがて、それさえも、途絶えた。
羽田空港の端っこに飛行機が停まった。
リムジンバス、という名前だけ豪勢なオレンジ色のバスにぎゅうぎゅう詰めにされ、「出たら戻れませんよ」と書いてあるゲートを過ぎて、荷物を受け取るベルトコンベヤの前で二人、うすらぼんやりと通り過ぎる色々の荷物を眺めていた。中野さんはお父さんから借りたという、年季の入った青のキャリーケース。僕の黒いバッグ。
どんなに惚けていても、5泊6日の旅の相方はすぐに気づく。身体の方が勝手に動いて、えいや、よいしょ、と引きずりおろす。到着ゲートをくぐって出れば、もう、そこは見慣れた羽田空港だ。
もう、言葉も出なかった。僕はまたバスに乗る。彼女は地下へ潜ってディーゼルじゃなくて電車に乗って、彼女の住まう世界へ帰る。わかっている。知っている。
僕らは紫のベンチに並んで腰かけて、しばらく動くこともできなかった。何か、一言あれば立ち上がれるのに、笑って、笑顔でバイバイ、と手を振って、二個組のアイスみたいに、ぱっきり別れられるのに。
何か、言わなければ、僕らは別れられない。僕から言わなきゃ。お別れだ、そう伝えなきゃ。それが、僕の最後の役目だ。
意を決して、息を吸い込んで、横を見た時。
もう、彼女の姿はなかった。
青のキャリーバッグも、揺れる二つに結んだ黒髪も、くるくると万華鏡のように変わる表情も、桜色のリップを塗った唇も。
まるで、最初から、そこにいなかったかのように。
僕らは羽田で別れる約束だったから、僕がお別れだと思った瞬間に、彼女は、猫のようにするりと行ってしまった。
僕は地下へ向かうエスカレータに、小さく手を振った。
ありがとう、中野さん。君と過ごした6日間は、君と見た北海道の空は、君と聴いた音楽は、たとえ忘れてしまったとしても、僕の身体の深いところに、確かにあって、消えることはない。
僕は、僕の荷物を持って、ようやく立ち上がった。
中野さんと天都山
地元の人の言うことは、やっぱり完全にアテにしてはいけなかった。
「天都山行きのバスに乗って、一番上にあるのが北方民族博物館、すぐ下がオホーツク流氷館、さらに下に網走監獄があるよ」
「北方民族博物館……から、網走監獄まで歩けますか」
「ほら、バスの時刻表を見るとそれぞれ数分ずつしか離れてないでしょ」
バスの時刻表には
北方民族博物館 発 9:45
オホーツク流氷館 9:47
博物館網走監獄 9:51
と、確かに記されている。2分と、4分。ふむ。
僕らは、ここでちょっと待てよ、と気づくべきだったのだ。北海道6日目にして、未だに東京感覚が抜けきっていなかった。最初の、北方民族博物館とオホーツク流氷館の間は、たしかに7分でたどり着いたのだ。だが、15分以上歩いた今、ちっとも先が見えてくる気配がない。いったいどれくらい、離れているのだろう。
車だけが脇をびゅんびゅんと通り過ぎる。思えばこの旅で、車だけはやたらと脇を通っていくけれど、歩いている人をろくろく見なかった気がする。
ただ幸いなのは、道がずっと下りだということだ。歩道がないので、縦に連なって歩き続けるしかない。一歩、一歩行くごとに、東京へ近づいているようで、僕は、何度も立ち止まった。カメラがあってよかった、と思う。「白樺を撮りたい」とか「ほら、変わった標識」とか、いくらでも言い訳ができるのだ。
歩き続けると、カーブの手前で真下から、かすかに曲のようなものが聞こえた
「あれ……監獄かな」
「施設っぽいものもちらっと見えましたね」
その、真下へ向かう林道があった。明らかに地元の人、わかっている人専用、観光客が踏み込んだらとんでもないことになりかねない、小さな道。僕は、その道に入りたくてしょうがなかった。遭難してしまえば、帰らなくていい。そんな考えすら頭に浮かんだ。
だけど、僕らは、大きなカーブを曲がって、歩き続けていた。今日、僕らは、僕は、東京へ帰る。今日を、明日や明後日に延ばしたところで。空と海がけして交わらないように、僕と中野さんを分けへだつものが変わるわけじゃあないんだ。わかってる。
「今日、飛行機に乗って帰るって、信じられません!」
僕だって信じられないし、信じたくない。この澄んだ大気を捨てて東京へ帰るなんて。中野さん、君との旅が終わるなんて。
「だけれど、帰らなくちゃ、旅は旅になれない」
僕の口から出た言葉は、気持ちとは全く違うものだった。
「家に帰るまでが、遠足、ですねー!」
僕の叔父は校長を務めていて、遊びに行った僕にもよくこの台詞を言ってくれた。
「そうだよ、中野さん。僕たちは、帰るんだ」
「お土産、買わないとですねー!」
ああ、彼女には待っている人がいる。ああ、今日で帰してあげなきゃ。
「網走監獄グッズとかいいんじゃないかなー」
「あ、先輩にいいかも」
彼女は最後まで、先輩と、同級生の友達と、先生と、軽音部のことを言い続けていた。
「お父さんとお母さんには?」
「なんか、お酒とか、お菓子でいいんじゃないでしょうか」
あと数時間後には、女満別空港を発つ飛行機の中だ。それが、現実だ。
中野さんと能取岬
中野さんがこの旅に来ることになる前から、旅の最後には、どこか果てのような、これ以上、どこにも行き場がないような、ところに行きたいと思っていた。
それで選んだのが「能取岬」だ。
宿の人が言うには、レンタルの自転車で30分も走ればたどり着けるという。
自転車を借りて走り始める。最初は爽快な下り坂。最初が爽快であればあるだけ、帰りの不安が頭をよぎる。だが、これで行くしかない。僕と中野さんは、慣れない自転車のペダルを踏み込んだ。
約7キロの道のりは、たしかに30分でたどり着いた。
僕らは荒い息をぜぇはあとはきながら、駐車場の片隅に自転車を停めた。想像以上にアップダウンのあるコース。辛くなかった、と言えば嘘になる。ただ二人でいるがゆえの、妙な見栄がお互いの間にある。
岬、と呼ぶには、ずいぶん広々とした場所だった。びゅうびゅうと風を切って自転車で下っていた時には聞こえなかった、潮騒の音がひっきりなしに聞こえる。自転車のそれとはまた違ったように風が強い。
青い空、青い海。その境界線は白くくっきりと隔たれ、けして交わることがないように見えた。まるで僕と中野さんのように。
青い草を踏んで、柵沿いに、岬らしい先端を目指して歩く。
「筋肉痛、なりますかね」
「なるとしたら、僕は明後日かな」
明後日。自分で口に出した言葉に、ぎょっとした。
昨日、ライブは終わってしまった。今日、最後の宿泊。明日、北海道を去る。明後日、はもう、僕は東京で働いているはずだ。
柔らかな青草の感触が、急に心許なくなってきた。ぎゅ、ぎゅ、と一歩一歩を踏みしめるように先を目指して歩く。やがて、僕が思い描いていたような崖と波頭が見えてきた。
「おお…火曜サスペンス劇場みたいだ」
「土曜ワイド劇場のようでもあります」
「今、船越英一郎が出てきたら、僕は罪を白状するね」
「何の罪ですか」
僕の罪。そんなの、言うまでもない。きっと中野さんだってもう、わかっていることだ。それでも僕らは共犯者ではない。罪を背負うのは、僕だけにしかできない。なぜなら……。
「中野さん探偵には、話せないな」
「片平なぎさじゃなきゃダメですか!」
「あははは、ダメだね!」
笑いの中に、どこかしら混じる陰り。
遠くにモニュメントが見えてきた。岬にありがちな碑のたぐいだろうと思い、歩を進めて行くと、次第に大きくなっていくそれは……。
「頭上のは、鮭、ですかね」
「鱒、ではなさそうだね」
「オホーツクの塔」と名付けられたそのモニュメントは高さおおよそ10m、そこに巨大な漁師と、鮭、がどんと配置されていた。実に力強い。
「ここが……旅の、終着点だよ」
「おしまい、ですか」
明日も羽田空港まで旅程は続く、だけど、旅の目的地はここでおしまい。
僕たちは口も聞かず、寄せては返す白い波頭をじっと見つめていた。
もう、なにも、言うべきことなんかないような気がする。
「そうだ」
僕は鞄からMP3プレイヤーを取り出した。
「ここに着いたら、聴こうと思ってた曲があるんだ」
「私にも半分、貰ってもいいですか」
僕はイヤホンの長いほうをハンカチで拭いて、中野さんに手渡した。彼女が耳に差し込んだのを確認してから、曲をスタートさせる。実は、どれをここで聴こうか思い悩んで、シャッフルの設定のままにしてあった。
「あ、この曲、あのライブの時に……」
彼女の鼻歌が、風に千切れて飛んでいった。
あとは、かえりみち。