中野さんと空知川

富良野の土地感覚がないものだから、ライブ会場との直線距離で適当に選んだ宿は、スキー場が真ん前にあるような、山の上にあった。その、山をだらりだらりと下って歩いて、空知川沿いの道を歩く。歩道されてるかどうかも定かでない、砂利だらけの道、右手には迫る山肌、左手には空知川。中野さんは不安そうだ。

「私、こういうとこ歩いたことないです」
怖い? と聞くとまたふくれられるので、道あってるよーと地図をふって見せる。川向こうの国道からは、時折車の音がする。あの気配の方向がはっきりしているうちは大丈夫。迷っていない。札幌のようにどこもかしこも碁盤の目、人の気配だらけのような土地のほうが僕にはわからない。現に、札幌はこっぴどく迷った。

無言できびきび歩く。少し彼女より先んじては写真を撮り、先に行った中野さんを追いかけてはまた撮り。
「どうして、そんなに写真、撮るんですか?」
どうしてだろうねえ。僕は記憶力が悪くて覚えきれないから、誰か他人に気持ちを覚えていてほしいのかもしれない。そんな、気恥ずかしい自分語りのするりと漏れる夕暮れ。こんな年下の女の子に僕はなにを言っているんだろう。
「記録じゃなくて、記憶、ですか」
「そういう写真になるといいけど」
道が大きく曲がって、土手が見えてきたので、コンビニで買った肉まんを渡した。さっき買ったばかりなのに、もう表面がぱりぱりと冷めている。後ろを振り返ると、山の稜線に日が見え隠れしていた。
「雲ってあんなに大きいんでしたっけねー」
「北海道はなんでもでかいからなー」
「雲もですか」「雲もだね」「ほかには?」「道路」「あとは」「畑」「はい」「カニ」「……はい」「トウモロコシ」「えー」「……ごめんなさい」

ひときわ背の高い山を雲が取り巻いている。その構図はあまりにも決まりすぎていた。よく山にかかる雲で季節がわかるなんていうけど、あれだけはっきりとしたデザインであれば、僕にでもなんとかわかりそうだ。
「あの中にラピュタが」「肉まんの皮って冷めると甘くなるですね」
ごめんなさいこれが僕の限界だ。

開けた土手を渡る川風が冷たい。遠くに目指す橋のアーチが見える。今夜は冷え込みそうだ。